「できない人」の仕事術

※この文章は、私がシステムエンジニアとして電話でお客さんが使うPC周りのトラブルを解決したり、要望にお応えしたりしていた(いわゆるシステム専門のコールセンター的な仕事をしていた)ときに考えたこと、やったこと、そこから学んだことです。死ぬほど長いです。
 
まえがき
 多くの仕事において「考える」ことは避けられないと思う。この作業をどんな手順で進めたら無駄がないか、このトラブルの原因を探るにはこんな情報やあの人の支援が必要だろう、お客さんは何がしたいのか・どんな提案をすればそれが叶うか、など。例を挙げるまでもない、当たり前だろう、と思うかもしれない。でも、その当たり前に求められることができなかったら。周りは 200m 先に 30 秒でたどり着くのに、自分は 20m 走っただけで 10 秒休憩して 5m逆走、を繰り返して一向にゴールできないとしたら。
 私はなかなかゴールできないほうだ。頭の中はいつもゴミ屋敷のようにぐちゃぐちゃで、目当ての言葉を引っ張り出すのにも一苦労。そうしているうちに状況が変わり、さらに戸惑ってコケる。周りの人たちはさらりとやってのけるので、「自分は出来損ないだ」という劣等感が募り、そのギャップを埋めるのに必死だった。少しでも多く「できる人」の技をぬすもうと躍起になった。仕事はこうやって割り振れば早く終わる、こういう話をすれば相手が喜ぶ。とにかく役に立ちそうな行動・習慣を見つけ、それらを手当たり次第に試していた。
 しかし今になって振り返ると、この方面の努力は全くの無駄だったと思う。猿真似をどう頑張ったって、所詮は他人の劣化コピーにしかなれなかったから。そもそも身体に搭載している CPU の性能やメモリ・ディスクの容量などは人によって違う(し、増やすこともできない)のに、同じアウトプットを求めても意味がない。なにより、それができたところで面白くもない。6 月にようやく気づきはじめた私は、自分の行動傾向に合った方法で仕事をしようと決めた。
 前置きが長くなってごめんなさい。要するに「できない奴」にはできないなりのやり方があるって話です。自分の「できなさ」を理解して、どうしたら無理のない範囲で「できなくもない」になるか、自問自答しながら行動する。そうやって自分の特性を探りながら、得意なこと、やりたいことを見つけられたらいい。くらいの気持ちでいる。以下では、実際にどんなことができないのか、それらとどう付き合っているのかを書いてみた。
 

1. 考えをつなぐことができない
 一番大きな問題は、自分の考えを連続させることが苦手、ということだ。一つの作業に集中できない、口頭の説明だけを聞いても理解ができない、頭だけで推論する/相手への説明を組み立てるのが苦手。以前はそれぞれが別個の問題に見えたが、最近になって、これらは地続きだと思えてきた。いずれにも「脳のメモリが小さすぎること」が関係している。考える作業用の机が狭いため、A、B、C と書かれた紙を順番に置こうとすると、C を置くためには A を床に捨てるしかない、という事態に陥る。たとえばお客さんのPCがインターネットにつながらなくなった、というトラブルの連絡が入ったとき、先輩はネットワークの構造を思い浮かべて原因の切り分けをしていた。一方の私は、各機器のアドレスがいくつで、ここまで通信ができてここからは通らない、てことはこの設定が消えているのでは・・・みたいな筋道を頭でつくろうとしても、つくった傍から壊れてしまい、まったく前に進めなかった。
 考えがすぐ霧消してしまうなら、「そうさせない」ではなく「そうなってもいい」状態をつくるのが近道。私は考えたことを文章や図で書き留めた。デジタルノート、紙のノートや資料に、選別もせずにひたすら書く。書いて考える。なにがどこまでわかっていて、どこからわかっていないのか、どうやったら問題をなくせるのか。こうすれば、頭から吹っ飛んでしまった内容もノートを読んで入れ直せて、思考をすぐに再開できる。
 一番に心がけているのは「初めて読む人でも理解できるように書くこと」。何も覚えていない自分が後に読むのだと想定して、彼にも伝わるように説明する。そうなるように、文章で書く、書いた内容の確からしさをはっきりさせる、の 2 点を意識している。単語だけ、相互につながりのない単文だけを残すと、後で見返したときに文脈がわからないので、意味もわからない。また、その記述が事実なのか推測なのか、伝聞なのか実証済みなのか、どの主張とどの根拠が結びついているか、などを明確にしないと、妥当な判断ができない。
 こんなことをいちいちやっていたら、当然ながら手間はかかる。しかし私にとってその手間は、考えるためになくてはならないものだ。
 

2. 余計な考えに支配され、他に手がつかない
 ただでさえメモリが小さいのに、答えをすぐ出せなさそうな問題や得体の知れない不安も割り込んできて、注意を奪う。ヘルプデスク対応だと周りに相談しても解決しなくて、もやもやすることが多いからだ。しかも厄介なことに、乗っ取られている自覚がない場合が多い。なんとなく気分が悪いな、だるいな、と思いながら仕事をしていて、急に「もう限界!」となるときもある。そこで初めて、難問や不安で頭がいっぱいで全然余裕がなかったんだな、と気づく。メモリが侵食されて、気づくためのスペースすらもないからだ。
 こういうのは、芽が出たらすぐ摘むようにしている。たとえば「今まで使えていたシステムが新しい機器上では動かなくなった」という問題に対応しないといけない場合。自分はそのシステムのことがわからないので、配布元に問い合わせる。でもそれだけだと見通しが立たない不安さや申し訳なさが頭の隅にこびりつくので、目につくところに「配布元の回答待ち」「対応については××までに○○さんに相談」みたいなことを明記する。「今は考えなくていいこと」を明確にすれば、雑念も吐き出せて、他の仕事に集中しやすくなる。
 
 
「できない」から見えてくるもの
 私にできないことは何か、これらに振り回されつつもどう乗りこなそうとしているかを書いた。書いていて強く感じたのは、「自分の苦手なことって案外よくわかってないんだ」ということだ。おれって物覚えが悪いな、集中力がないな、一つのことでいつまでも悩みがちだな、などとぼんやり捉えていたことが、文字に起こしてはじめて「メモリ不足」「メモリ不足と割り込みのコンボ」として像を結んだからだ。これまでは自分のできなさと向き合えていなかった、と実感した。
 たしかに苦手の正体を探るのは面倒だし、その過程で自分の嫌な面を直視しないといけないから、しんどい。けれど、その正体がわかってこそ有効な対策が立てられると思う。しかも、苦手は得意に転じることもある。忘れっぽい自分のために文章で記録を残す習慣をつけると、他の人に仕事を任せるときの説明がわかりやすく、正確になるかもしれない。悩みを引きずらないよう書いて吐き出していると、考えが詰まったときにその原因をいち早く察知できるかもしれない。こうして見れば、できなくても案外悪くない、むしろ、できないことを探すのが楽しみになりそうだ。
 最後のはちょっと嘘だけど。なにかができないとき、私たちは「できないから自分はダメなんだ」と思ってしまいがちなんだけれど、「できないってどういうメカニズムなんだろう」「癖のあるやつだけど、うまいこと生かしてやれないか」と興味を持って接してみると面白いよって話でした。